8月に読んだ本は、22冊でした。
さみしい夜にはペンを持て (一般書 431) [ 古賀 史健 ] 私てっきり『眠れぬ夜にはペンを持て』というタイトルだと思っていた。 そして、『メモの魔力』的な、書けない人のための書くこと(日記・記録)のビジネス書なのだと本を開いてびっくり。 寓話的な、物語。 舞台は、海の中の中学校。 上がり症ですぐに顔が赤くなるタコジローは、クラスになんとなく馴染めていない。 体育大会の選手宣誓に名前を挙げられた次の日、学校へ行きたくなく、サボってしまう。 そんなとき出会ったヤドカリのおじさん。 おじさんは言う。 おしゃべりと書くことの違い。書くことの意味。 しかし公園には「不審者注意」の看板が立てられ、SNSにはヤドカリのおじさんの写真がアップされる。 警察に追われるおじさん。 タコジローの選択はーーー。
「おじさんはね、こんなふうに思うんだ。なにかを継続させようとするとき、ぼくたちの心を支えてくれるのは『成長している実感』じゃないのかって」 「成長している実感?」 「ああ。先月の自分より、ちょっと『できること』が増えている。先週の自分より、ちょっとうまくなっている。きのうはできなかったことが、できるようになっている。そういう成長の実感があってこそ、ものごとは長続きするんじゃないかな」
こういう「利害関係のない第三者の年長者」との関係性のお話が好きなのですが(『君たちはどう生きるか』もそうですね)、これもその形態のお話でした。 中高生におすすめしたい。もちろん大人にも。 読み終わったらめちゃくちゃ日記書きたくなると思う。笑 やどかりのおじさんは、書くことは考えることだと、タコジローに告げる。 自分の謎を解くために、自分を知るために、自分を好きになるために。 自分という名のダンジョンを冒険するために、自分が何者なのかわかるために、自分を探検する。 読者は何よりも「自分自身」であるのだと。 私もずっと日記をつけているけれど、それはどちらかというと行動記録(ログ)というもので、この本で言うような「自分との対話」としての日記は、ブログの記事が近い。 読み返すと、「え、こんなこと考えていたんだ」と驚く。 考えが浅いと感じるところも、そんなことまで考えていたのかと感じることもある。 読みやすい文章で、著者を見るとアドラーについて対話形式で書いて大ベストセラーになった『嫌われる勇気』の著者だった。 そしてこれ、イラストもとっても可愛い。 章ごとの見開きページは文字組もインパクトがあり美しくて素敵。 お盆に久しぶりに会う親戚の中高生や大学生にプレゼントであげるのにも良いなと思った。
クロワッサン学習塾 謎解きはベーカリーで (文春文庫) [ 伽古屋 圭市 ] シリーズ2作め。文庫本書き下ろし。 視点の切り替えがわかりにくいのと、筆者が名前を変えて作中に登場するのが「うへえ」となった。 小学校教諭をやめ、実家のパン屋を継いだ黒羽三悟。 息子の同級生がパンを万引きしたところから、パン屋の定休日に無料の学習塾「クロワッサン学習塾」を始めた。 前作は、家庭環境が厳しい子、ディスレクシアの子が出てきた。 今回は、「学校の授業カリキュラムに馴染めない子」が新キャラ・頼人で登場する。 好きな歴史以外に興味がなく、算数はからっきしだめ。 しかし父親は不登校を経て独学でプログラミングを学び会社経営者になった人物で、詰め込み式の現在の学校制度をまったく信頼しておらず、「学校には通わなくていい。勉強は必要性を感じた時点で学べばいい」というスタンス。 いっぽうの母親は、将来子どもが困ることを考え、「とりあえず学校に通い、落ちこぼれない程度に勉強してほしい」と言う。 夫妻からジャッジメントを求められた三悟は。
おっしゃるとおり、我慢は必要です。でも、むしろいまの子どもたちは我慢ばかりを強いられていると思いませんか。校則もそうですけど、毎日学校に行って、決められた順番で、決められた教科を勉強して、決められた時間に食事をして、家に帰ってまで宿題をさせられて。ほんとすごいなと、小中高と、ほんとみんなよく我慢してるなって思います。 考えてみれば、ほとんどが大人の事情、社会システムの都合ですよね。一年間で決められた学習とちゃんとこなせるなら、べつに学校に行かなくても、好きな時間に、好きな順番で、好きなように勉強したっていいはずです。好きな時間に食事をしたっていいはずです。
そして三悟は、一度挫折(不登校)を経ないとほかの選択肢が考慮されない今の状況はおかしい、と告げる。 そのうえで、頼人に尋ねる。どうしたいか、と。 現行の教育制度、本当に違和感がある。きもちわるい。 そこに馴染めないのもわかるし、馴染めなかった子どもだった。 でも今は放っておいてくれないんだろうな、とも思う。私の子供の頃以上に。 それは、許されないんだろうな。 NHKの朝のラジオで、高校3年生で野球をやっている孫が、最後まで試合に出してもらえなかった、この子の頑張りは無駄だったと投稿している祖母がいた。 ラジオパーソナリティの方はずっとサッカーをしていたそうで、「僕も試合に出られなかった。でもチームのために頑張ったことは、今の自分を作ってくれている」と溢れる言葉を抑えるようにして話していた。 オリンピックで「今までの頑張りは無駄だったのかなって」という言葉を聞いて胸が痛くなる。 私はだから、オリンピックを見るのが嫌いなのかもしれない。 娘にラジオの話をしたら、「ほんにんにきいてみたら?」と言っていた。 それを決めるのは、自分だ。 紆余曲折経ても、今は分からなくても、結果意味なんてなくても。 それが自分の人生だと受け入れられるようになるまで。
低コスト生活 がんばって働いている訳じゃないのに、なぜか余裕ある人がやっていること。 [ かぜのたみ ] Youtuber本。 私こういうYoutube見ないので、動画を知らずに本から知る。 家賃5万、水道光熱費・通信費が9000円弱、食費4000円弱、交際・娯楽費が3000円弱、服飾・日用品費が0円で、月に7万くらいで暮らしてらっしゃる。 …えー??!!! ってならん?食費4000円?霞食ってんの? 冷蔵庫・エアコン・電子レンジもない。 日の出とともに起き、日の入りとともに眠る(冬は19時)みたいな暮らし。 (ご本人は会社員は辞められて、今は動画配信(ラジオ配信)やSNSだけで生活してらっしゃるよう。) すごい。仙人やん。 食費は、スーパーで野菜、卵、果物くらいしか買わず、ふるさと納税など基本的な食材(米、味噌、煮干し)で賄っているようで、「ということは動画配信が結構儲かっていて、それなりの額を納税しているんだな」と思ってしまった(やらしい)。 しかしその日々の献立や買い物の仕方は載っていなかった。 どういう生活をしたら低コストで生きられるか、というノウハウが学べる本かと思ったら、全体としてマインドの方の話が多めの本でした。 お金の使い方なあ。 私、基本が吝嗇家なのでめちゃくちゃケチるんだけど、人に関することはばーんと気前よく使っちゃうタイプ。見栄っ張りというか…。 商売をする家で育ったので、「人に振る舞う」ことに重きを置いてしまう。 別に自分はサラリーマンやねんから、そんなことしなくてもいいのに! この本では、「月前半は使わない、月後半に豪遊式」という方法を紹介している。 家にあるもので過ごす→月後半の楽しみを計画→お金を使い始める→豪遊 と、1週間ごとに予算内で楽しむという感じ。 いいなと思ったのが、「なんとなく」買い物したりお茶したりするのではなく、月の前半はそのイメトレに励み(今あるもので試してみたり、シミュレートしたり)、月の後半で実行に移すというところ。 計画的だし、月の後半のために前半も楽しくて素敵。
レイアウトは期日までに [ 碧野 圭 ] 27歳、無職ーーーめぐみは先月、卒業以来働いてきた中堅出版社・佐川出版の契約社員の職を、デザイン部署閉鎖で打ち切られたばかり。 さらに大家には、隠れて買っていた拾い犬・胡桃を、処分するか、出来ないのなら今月中に出ていくようにと通告される。 そんなとき、友人がSNSの求人情報を教えてくれた。 なんと、あの天才的なブックデザイナー・桐生青が、事務所から独立したばかりで一緒に仕事をしてくれる人を募集している! ダメ元でメッセージを送っためぐみは、あれよあれよと言う間に犬も連れて住み込みのアシスタントのような仕事を始める。 新進気鋭の装丁家は、締め切りは守れない、対人関係は壊滅的、けれど抜群にセンスは良い。 はちゃめちゃな彼女のために、何とか仕事を進捗管理し、新規案件を獲得しようと奮闘するめぐみ。 しかし、桐生青は彼女を「ごはんも作ってくれる秘書」のようにしか思っていないと知りーーー。
「めぐじゃないとダメ」 それを聞いて、めぐみは涙ぐみそうになった。だが、笑顔を浮かべて言う。 「はい、私も青さんがいいです」
ここだけ↑見ると、「これなんて百合?」となるんだけど(最初私は青という名前から男性だと思っていたのだが女性です)、いやもう百合でよくないですか!シスターフッドですか! 2時間ドラマとか月9ドラマみたいなノリなので、最後まで楽しく読めました。 私は世の中に馴染めなくて傷ついた天才✕己の存在意義に悩みながらサポートする(それ自体が稀有なことであると気付かない)凡人、という組み合わせが大好物なので、大変おいしく頂きました。 いきなり同居だしね。ホムワト的なね。シャロジョンだよね。 青がヨガ雑誌の新しいロゴを考えて、「ほめてほめて!」というみたいにめぐみに見せるところとか、可愛すぎる。 私の脳内では、ドーベルマン✕トイプードルみたいなイメージだったので、表紙はちょっと逆かなあ…。 167頁「忙しさの山陽」は「山場」の誤字だよね?そういう単語あるのかと二度見した。 202頁の「栴檀は双葉より芳し」がわからなくて、調べたら「せんだんはふたばよりかんばし…香木に使われる栴檀は、芽生えたときからすでに芳しい香りを放っている。のちに大人物になるような人間は、子供のときから人並み優れた素質を見せることをいう。」(イミダス)ですって。 あと215頁の先輩女性を褒める「家庭もあり、子どももいるが、仕事の方も手を抜かずにずっと頑張ってきた。」っていう文が、一見は褒めているようだけど、その実かなりディスられているように感じたんだけど、私が捻くれ過ぎているんだろうか。この人は、家庭があって子どもがいたら仕事の方は手を抜くのがデフォルトやと思ってるんやろか。 巻末には本文、カバー、帯、表紙、別丁扉の用紙一覧があるのが、本の中身とリンクしていて面白かったです。 へえ、これそういう名前の紙なんだ!とか、この紙を選んだのにも理由があったんだろうな、たくさんの人がこの本を作るのに携わったんだな…と感じました。 本に関する小説やエッセイが大好きなので、図書館・書店・作家などを題材にした物語はとってもワクワクするのですが、今回は装丁家。なかなか知ることのない世界なので、舞台裏を覗くようで面白かった。 著者は出版社勤務経験があるから、この本の内容をリアルにご存知なんだなあ。 紙の本のパーツひとつひとつに意味があると思うと、また愛おしくなるね。
ともぐい [ 河崎 秋子 ] 第170回直木賞受賞作。 タイトルから、てっきりドロドロな昭和不倫モノだと思っていて(なんでやねん)、読み始めてまさかの明治後期の「クマVS人間」小説だと知って驚く。 読み始めわずか開始2Pで時代背景と内容紹介を把握できる構成なので、親切。 よく見れば、表紙の絵も熊の手?をアイヌ文様のような柄で描いている。 帯に「新たな熊文学の誕生」ってあるんですが、なんやねん熊文学て。 シートン動物記くらいしか知らんねんけど。 猟師に拾われ、育てられた「熊爪」。 時代から取り残された男は、ひとり狩りをし、草を摘んで暮らす。 ある日、熊爪は怪我をした男に行き合う。 男を襲ったのは、冬眠をせず人里を荒らす「穴持たず」の熊だった。 その熊を仕留めようとする熊爪だったが、山の王者の風格を持つ熊が、「穴持たず」を屠る。 両者の戦いに際し、負傷した熊爪は、不自由な足で猟師としての生き方を賭け王者との対決を待つーーー。 最初の熊、次の熊との戦いがあり、皮や野草を売りに行く人里の町での話があり。 最後は、熊爪が町から攫うように連れてきた目の見えない女・陽子と熊爪の、山のあばら家での「人と人」の戦いになる。
「どこまでも行け。どこででも死ね」
私は、町の長者である良輔の、どうしようもなく壊れた感じが好きだった。 彼の餞の言葉は、祝福と呪い。 そこまで述べられてきた熊の生態や物語が、熊爪と陽子、人と人に重ねられる。 世は日露戦争を迎えている。あらがえない時代の流れ。採集生活、自由の終焉。 どこまでも行くことも、どこででも死ぬこともできない世界がやってくる。
一線の湖 [ 砥上 裕將 ] 『線は、僕を描く』の続編。 水墨画に出会った大学生が、水墨画家を目指すまで、が前回のお話。 今回は、「魔女の宅急便」でいうと、箒で飛べなくなったキキ。 描くことがなまじ出来るようになったが故の、葛藤の物語。 表紙の絵から、アニメ「境界の彼方」のEDを連想し、読んでいる間、頭の中でこの曲が止まらなかった。 小学生の子どもと触れ合うところなど、「ばらかもん」(これも墨で描くね)を彷彿とさせるところもあったんだけど、この小説に出てくる子どもはきれいな記号のような存在だなとも思った。 章立てがすっぱり収まっていて、たいへん読みやすくはありました。 1章ごとに場面転換される舞台のようというか、白い幕が降りてくるようだった。 著者が水墨画家ということもあり(すごいよね)、身体感覚としての水墨画を、読者として追体験できる。VR感。 ここが、「やったことのある人」と「見て(聞いて)書いている人」の違いなんだろうか。 不思議だなと思うのが、水墨画は白黒で描くのに、色が見えるというところ。 そしてそれを、絵はないのに文字で伝えることで、白黒の水墨画を脳内に描き、それに色が見えるという三重構造になっていて、これもひとつの画像生成AIで、人間の脳って複雑なことが出来るんだなということ。 そこから風が、匂いが、音が、やってくる。 文字が、描く。線が、描く。 そこにある世界。ここに今、ともに生きているもの。
ぼくは青くて透明で [ 窪 美澄 ] イエローでちょっとブルーなんかと思うタイトル。笑 これはもうBL。少女漫画BL。 なので、そういうノリが苦手な人は無理だろうと思った。 母に去られ、父に去られ、義理の母と暮らす高校生の「海」。 彼は転校先で早々にイジメの対象になる。 しかし意に介さない彼は、マラソン大会の途中、クラスの人気者・忍を助け、キスをしてしまう。 彼女がいた忍だったが、海が好きだと告白しーーー。 1章ごとに視点が変わる(海ではじまって海で終わる)。 忍✕海かと思って読んでいたら、どうも途中から海✕忍だった。 運命のあなた。 こういうきれいな純愛ロマンスは好きなのだけど、世間や状況の変化に抗えず壊れていく「運命だと思ったひと」と結ばれない話も好き。 この話の登場人物だと、海の育ての親である美佐子さんがいちばん好きかな(『そして、バトンは渡された』みたいだけど)。 海の父・緑亮が倒れたことにはいったい誰が気づいたんだろう?職場の人が救急車よんだんかな?
1億円の貯め方 貯金0円から億り人になった「超」節約生活 [ 絶対仕事辞めるマン ] 就職氷河期になんとか決まった正社員での就職。 しかし初日に確信する。ここは、ブラック企業だーーー。 定年までの懲役40年、職場という「刑務所」から逃げられるのか。 生きるか死ぬかの超節約&投資生活が始まる! という、著者の21年にわたる資産一億円までの道のり。 ふつうの給料で、それでもここまで節約を徹底して、投資をしていけば、「一億円」ってほんとに貯まるんだ…。 ちなみにこの方、一億円達成後も働いてらっしゃる。「貯金の最良の使い道は精神安定剤」だという。
1000万円の貯蓄で「死にたい」と思わない。 5000万円で「本当に会社を辞められる」安心感。 一億円で「もう、お金で悩まなくて済む」という解放感。
ここ、「死にたいと思わない」っていうのが強烈。 そこまでの覚悟があったからこそ達成できたんだろう。 私はすぐに「頑張って働いて生きてるんだからこれくらい良いか!」とパーッと使っちゃうんですよね…。 「億り人」になったあとも、節約生活を続ける著者。 生活費は株主優待で賄われるほど。 (最後のここらへん、桐谷さんぽくなってた。優待長者になると、みんな桐谷さんになるのか…?笑) 私もFIRE出来るように頑張ろう!と思うんだけど、なかなかな。 資産がある程度形成されると、複利で貯まるスピードが上がる、という著者の言葉を信じて、コツコツやるしかない。 新NISAは積立投信に突っ込んでいて、厚切りジェイソン方式で複利を信じとにかくひたすら積み立てていくことを心に決めていたんだけど、この間の暴落で「◯%以上は利益確定、確定した金額を再度時期を分散して投資」のほうがよいのか、迷いが生まれている。 ほったらかしのiDeCoはなんだかんだ複利で利益が上がっているから、そっちが正解なのか?!わからん。
放課後ミステリクラブ2 [ 知念実希人 ] 本屋大賞ノミネートされていて読んだ1作目の続編。 児童書なので薄くて文字も大きく、挿絵もたくさん。 今回も「読者への挑戦状」があり、ワクワク。 雪の上に描かれたミステリーサークル。 まわりには足跡もない。 一体誰が、何のために描いたのか? はやめの44頁で「ピラフの味が薄い」が出てきた瞬間に「ああ、これは給食の塩を使ったんだな」とわかってしまったんだけど、これは私がその知識を持っていたから分かったこと。
「だから推理はおもしろいって言ったでしょ。そして、理科で習うことからミステリーサークルのナゾがわかったみたいに、名探偵はいろいろなことを知っておかないといけないのさ。だからぼくは学校の勉強をいつもがんばっているんだ」
天馬が言うように、さまざまなことを学ばないと、世界の謎を解き明かすことはできない。 あとがきでも、著者(医者でもある)が、今学校で君たちが勉強していることはいつか役に立つんだよ、と話す。 こういうあとがき、良いですよね。 昔の児童書のまえがきやあとがきって、著者からの手紙の封をそっとあけるような、時を超えた親しみと、著者との間に交わされる秘密の約束があった。 君たちに、伝えたいことがある。 どうか忘れないで。覚えていて。
バッタを倒すぜ アフリカで (光文社新書) [ 前野ウルド浩太郎 ] 面白かった〜!!!私的★5。 『夜は短し歩けよ乙女』の森見登美彦氏が好きな人は、絶対好きと思う。 砂漠にバッタのコスプレで、タイトルは倒置。なかなかトバシた装丁である。 新書なのに 608pもあって(分厚っ)、なかも写真やグラフがカラー刷りでふんだんに使われていて、それで1,650円(税込)は安すぎではないか。 著者は、1980年秋田県生まれ。大発生しては農作物を喰い荒らすサバクトビバッタを追いかけるバッタ博士。「前野ウルド浩太郎」のミドルネームは、研究地モーリタニアで授けられたもの。 知らなかったのだが、前著『バッタを倒しにアフリカへ』(2017年)の続編でした(児童版『ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ』もあります)。 前著知らなくても読めるんですが、もっとこの人(と周りの人)のことを知りたくなったので、読んでみようと思う。 今回の内容は、 第1章 モーリタニア編ーバッタに賭ける 第2章 バッタ学の始まり 第3章 アメリカ編ータッチダウンを決めるまで 第4章 再びモーリタニア編ーバッタ襲来 第5章 モロッコ編ーラボを立ち上げ実験を 第6章 フランス編ー男女間のいざこざ 第7章 ティジャニ 第8章 日本編ー考察力に切れ味を 第9章 厄災と魂の論文執筆 第10章 結実のとき となっています。 「いや、別に昆虫とか興味ないんで」という人も、エピソードが面白すぎて600頁読み切っちゃうこと間違いなし!
この本は、すなわち、異世界転生モノ的に、アフリカのバッタの繁殖行動を明らかにしようとする研究者の活動話を大黒柱とし、それを「婚活」「仕事」「旅」という裏話の三本柱で支えたものである。 すでに壮絶にバランスが悪く、崩壊しそうな建てつけになっているが、そこは著者と編集者の腕の見せどころである。どのようにバランスをとりながら本書が綴られるのか、ハラハラしながらお楽しみいただきたい。
現地での文化の違い、人との出会い。研究の苦労。 読んでいるうちに、サバクトビバッタ、フィールドワーク研究の仕方や論文の発表方法、モーリタニアや他の国での文化交流理解、…と楽しみながら諸々の知識を身に着けてしまう恐ろしい本。 自分の好きなこと(=サバクトビバッタ)の話だけ専門的にしていても、一般の人は聞いてくれない、ということをよくわかっていて、無駄話をぶっこみまくっている。 私が一番「すげぇ」と思ったのは、第7章がまるごとモーリタニア現地でのお抱えドライバー「ティジャニ」について書かれた章であるということ。 ティジャニのことが気になりすぎて「前著も読むぞ」と心に決めたよ。 この人のパーッとお金を使っちゃうところ(前著の印税で、バッタオペラに出資、秋田の学校に自著を寄贈、新型コロナでステイホームするためにティジャニにお金を渡す…)すごいなと思う。 それがまた、有益なお金の使い方、ひととつながる使い方で、いいな。 クラウドファンディングで研究費集めたら集まっちゃいそう。 私の「バッタの襲来」のイメージといえば、ローラ・インガルス・ワイルダーの『大きな森の小さな家』シリーズに大量のバッタが農作物を食い尽くすという場面。 幼心に恐怖を覚えたあの光景。 最近読んだ(最近?と自身の時間間隔が空いていることを感じる) 2022.09.08「231.香君(上)西から来た少女 [ 上橋菜穂子 ]」 2022.09.11「233.香君(下)遥かな道 [ 上橋菜穂子 ]」 も蝗害の話だった。 私はずっと「イナゴ」の害だと思っていたのだけど(イナゴという種類のバッタみたいなのがいるんだと思っていた。蝶と蛾みたいに)、著者はイナゴとトビバッタが異なることを力説する。 混み合いに応じて生理的特徴変化させる「相変異」を示し、大群で移動するものがトビバッタ、示さないものをイナゴ(単なるバッタ)というのだそうだ。 へええ。 そういえば、理科だか生物だかで、「群生相」「孤独相」って習ったなあ…と遠い記憶を呼び起こす。 教育って大事だよね。「知ってるか、知ってないか」(習ったことがあるか)って大きいもの。 研究生活の集大成である論文執筆に、義務教育のありとあらゆる科目が役立っているというところも、ぜひ児童版を第二段も出されたら入れていただきたいところだ。
そう来る? 僕の姉ちゃん [ 益田ミリ ] コミックエッセイ。 何冊か出ている「僕の姉ちゃん」シリーズのようで、それを知らずにこれから読んで、「姉ちゃんのこと好きになれねぇ…」となりました。 圧倒的光属性、ポジティブシンキングの権化。自己肯定感の塊。生きてるだけで丸儲け。 私がこのひとの弟だったら、「自分はネガティブ沼にハマっているのに、なんで姉ちゃんは…」とジト目で見てしまいそう。
「大人になるってことはさー もう自分は何者にもなれないんだってことをしみじみ感じることでもあるのだよ」 「え、じゃあ逆に大人ってすげーって思うことは?」 「本屋さんに行くじゃん? 棚の間を歩いている時 ここにある本どれ買っても一応読める って思うといつもカンドーする」
自分が好き。文句ある? という態度の姉ちゃん。 そっちに行きたいんだよな。 そうして生きたいんだよな。 今あるものを認めて、ここにあるものを褒め称えて、自分スゴイ!私エライ!ってよいしょして。 でもそれが出来ないから、永遠に出来ないから、私は私でもあるのだよ。
放課後ミステリクラブ3(動くカメの銅像事件) [ 知念実希人 ] 2024年本屋大賞第9位受賞児童書のシリーズ第3段。 イラストたっぷりでさらっと読める、子どもにおすすめのミステリ入門書。 今回は動くカメの銅像事件で、早々にトリックがわかってしまった。 で、この「トリックがわかる」というのは、私が大人になって、いろんな知識を身に着けたから「ピンとくる」のだと思ってちょっと感慨深かった。
放課後ミステリクラブ4(密室のウサギ小屋事件) [ 知念実希人 ] 同シリーズ第4段。 今回は密室トリック。 しかし、うーん。手品のような反射を利用したトリックなのだけど、ウサギ小屋に入ったときにうさぎが物音を立てたりするんじゃない?と思ってしまった。
ポンコツ4児母ちゃん、在宅で働いたら月収100万円になった! [ なごみー ] インスタで月収100万円、という本。 うーむ。「私こういうのきらいやねんな」、という自分の中の考えを再認識した。 何が嫌なんだろう、と思う。 この人は自分が試してよかったものだけをフォロワーに紹介していて、それで「いいな」「〇〇さんがおすすめするなら」とフォロワーが購入して、別に誰も損してないからええやん、という話なんだけど。 コンテンツを作成して(この人の場合は整理収納ハウツー)、それは結局、アフィリエイトするためのものだというところが一番「いや」だと思うのかなあ。 しかし、フォロワー(閲覧者)のことを考えて発信するというのは勉強になる。 私のブログの驚きの見にくさよ。自己満足乙。 読書記録は、前のように1冊1記事のほうが読みやすいし、検索でもヒットしやすいんだろうなと思う。 でも面倒でついまとめちゃうのよね…。 楽天ブログだと「ページ内リンク」が出来ないから、「◯月に読んだ本」でまとめても、その本にダイレクトにアクセス出来ないから不便。 ちなみに楽天もにほんブログ村も、最近「広告を見ないとページ閲覧できない」という仕様に変更され、めっちゃイラッとくる(笑)。 念の為申し上げると、私には1円も入ってこないんですよ。 無料で使わせていただいているサービスだから文句言えないと思いながら、「でもなあ」と思う。 自分に関係のある広告が表示されるとかなら、「クリックしちゃう」こともあるでしょう。 しかしエロ漫画とか怪しい健康食品とかばっかり表示されるとね…。
何かをやりとげたいと思った、70歳の日本一周の旅 [ 阿波周作 ] 70歳、獣医師。 夢だった「日本一周」を叶えるため、北九州から中古車でひとり、旅に出る。 父の仕事で転々とした子供時代の幼馴染。 大学進学のため上京し、共に学んだ日本各地から集まった同級生たち。 仕事で知り合った先輩や恩人。引っ越していった近所の人。 津々浦々の知人を訪ね、温泉に入り、城をめぐり、美味しいものを食べる。 そして旅の中での、新しい出会い。 淡々とした「記録」のような内容。 章ごとの扉に日本地図が載っているので、どこから来て、今どこだというのを図示したらよかったのに。 ルートがよくわからなくなるところがあった。 ひとりで旅をしているので、愛車に話しかけているのが可愛らしかった。 船が苦手だから自分は飛行機で沖縄へ行き、車はフェリーで渡るのだけど、再会したときに「げっそりしていた」と車の様子を描写しているのが素敵すぎる。 最近、こういう「元気なシニア」が日々生活し、学び続け、夢を叶え…という本を読むのにハマっている。 しかしながら日本一周!うらやま!! 巻末に総決算として、かかった金額(230万円;車の購入費用含まず)・日数(175日;76日は沖縄に滞在)、走行距離(16,708km)のまとめがある。 (ちなみに沖縄長期滞在中はローソンでバイトしてみてんの!すごない?旅行を終えて、この本を執筆するために再度沖縄を訪れて、またローソンでバイトしてんの!!) どうですか、これ。 頑張れば、いけんことないよね。 1日2万円弱。 年金はどうなってるかわからんから、投資でそれだけ利益が出せたら、出来るんだなあと思うと、途端に楽しくなる。 まあ今の私には、「時間」のほうが問題なんだけど。 下の子(小学1年生の息子)が、大学(18歳)に入るまであと12年。 私は50になっている。 そこまでいけば、子どもにかかるお金もある程度見えている。 親の介護が始まっているかもしれないけど、自由もきく。仕事をやめていればね! そこをひとつの区切りとして、以後は自由に生きる人生もありじゃない? 世界一周もしてみたいが、お金がもっとかかる。 でも元気なうちしか出来ないよねえ。 「出来ない理由が金なら借金してでもやれ」って言うもんな(言わん?)。 今できることとして、「妄想日本一周」はありじゃないか。 ここに行こう、あそこを訪れよう。季節は、ルートは。 その妄想に12年かけるのも、楽しみじゃないかと。笑 しかし、著者は「人と人とのつながり」がすごい。 私のようなぼっち族は、訪れていく人もいない。 一人楽しすぎるぜ!だから、苦にはならないのだが、自分が逆立ちしたって叶わない人生の終盤を見て、「そういう生きかたもあったのかもしれない」と思う。 人と関わるのしんどくて無理なんだけど。
女の国会 [ 新川 帆立 ] あとから見れば、表紙が全ネタバレだったんだなと。 ぶりっ子のワガママ二世議員・国民党の朝沼侑子ーーー通称「お嬢」が、青酸カリを服毒して死亡した。 直前に言い争いをしていた民政党の高月馨は、世論からバッシングを受ける。 はたして彼女は、高月の言葉を苦に自殺したのか? そこへ毎朝新聞者の記者・和田山怜奈が、朝沼からメールから送られてきたという遺書の写真を持って現れる。 「女に生まれてごめんなさい。」 拙い字で綴られた言葉の真意はーーー。 政策担当秘書(高月の秘書・沢村)→政治記者(和田山)→地方議員(朝沼に声をかけられてO市議会に出た間橋)→議員(高月) と、章ごとに語り手が変わる。 その誰もが女で、「女であること」への抑圧と生きにくさを感じている。
自分は首相になれないって、どうして思ったんだろう。女だから?政治家の家系じゃないから?人生はあと何十年もあるのに、どうして最初からあきらめていたんだろう。 日本で女性首相が生まれたことはない。(略) これがどれだけ異様なことか、気持ちの悪いことか、どうして今まで気づかなかったのだろう。 女は怒っていい。こんなのおかしいと言っていい。 百年後の女の子たちには、「そんなひどい時代があったのか」と驚いてほしい。その頃にはきっと、今よりマシな現実があるはずだから。
172頁で種明かしが始まるのだけど、ここまで全然気づかなかった。 残り頁を思わず確認しちゃったもんね。間に合う?!って。 ミスリーディング。以下ネタバレ。 朝沼の遺書と見られたものは、婚約者である三好顕太郎の手記だった。 アメリカで生まれ育った顕太郎は、幼い頃から自身の性に違和を覚えていた。 しかし日本で政治家をする父には、もちろん受け入れられない。 そしてアメリカで起こった地震。 母は、死んだ双子の兄・顕太郎と、生き残った双子の妹の入れ替えを思いつく。 それから「顕太郎」として、男として生きてきた「彼女」。 トランスジェンダーが、首相になることは出来ない。 一生隠し通そうと思った秘密。自分を偽って生きる苦しさ。 戸籍ごと「男」になっても、健康診断とかその他諸々はどうやって突破したんだろうか…。 さらにいくら双子でアメリカで離れて暮らしているとはいえ、自分の息子と娘が入れ替わっているのに気づかないってあり得る??? と、ツッコミどころはあるんだけど、顕太郎に対して「こいつも男だしな」と感じていた怒りとかって、その人の側の問題を「男である」という見かけの属性で無視していたよな、と思った。 それは「女である」に向けられるものと同じではないのか。
読んでばっか (単行本) [ 江國 香織 ] 江國さんの書評を集めた本。 ひとの書評を読むのは(お気に入りの作家さんの書評を読むのは)楽しいのだけど、今回はあんまり面白くなくて流し読み。 原因を考えると、「その作者」「その作品」の紹介が多くて、「知らない友達の話」「内輪ネタ」を延々聞かされているような気がした、からかな。 書評は、結局「その人がその本を読んで感じたこと、思ったこと、見た景色、想起された記憶」を読むのが楽しいのであって、本のあらすじはざっくりでいいんだよな…。 この本で一番興味深かったのは、冒頭の江國さんへのアンケート「どうやって本を読んでいますか」。 本屋で本を選び、電子書籍は利用せず、家の外で一人でいる時間は寸暇に読み、毎日2時間入るお風呂で読み、本は複数冊並行読みではなく一冊ずつ読む。 その人の「本の読み方」って、知りたい。
しんがりで寝ています [ 三浦 しをん ] 雑誌「BAILA」掲載のエッセイまとめ第2段(第1段は『のっけから失礼します』)。 いやもう、笑っちゃうんよな。ぶふっと吹き出してしまう。電車で読んだらあかんで。 著者も単行本化にあたり補足加筆していて書いてらっしゃるのだけど、コロナのときのことって隔世の感があるよね。 「そういえば、そんなことあったなあ」っていう。 今思えば嘘のようなあれやこれや。 個人的には、映画のピカチュウの実物大ぬいぐるみを購入し、愛でまくる日々を楽しく読みました。 自分さえ楽しけりゃいいんだよ!文句あるか!
うまいダッツ [ 坂木 司 ] 全員が何かしらの部活に入らないといけない。 駄菓子好きが集まった「おやつ部」のメンバー4人は、「うまい棒1本で世界の秘密がわかる」という謎の男をショッピングセンターで探すことに。 「日常の謎」系のミステリというよりは青春物語。 うまい棒、チロルチョコ、バカウケ、ブルボン、マリー。 1つずつ物語に「あれね」という庶民的なおやつが登場する。 私はブルボンとマリーが食べたくなりました。 スタバ好きの先輩が、コンセプトや店内装飾も含めて好きなのに、周りからはチャラチャラしていると思われて「嗤われる」と感じていることについて、「概念のおっさん」というのを持ち出して説明するのが面白かった。
自分にはわからない楽しいことを見つけて、好きな気持ちを思いっきり出せるものと出会って羨ましいーーーだから妬んで、馬鹿にして下に見ることで安心したい。
あとは、「型」の話もよかった。 型に則って行動するのが好きな後輩。 モーニングルーティン(朝の手順)も決まっている。 テンプレート、マニュアル。それが悪いのか? そのとき、発達障害のあるコウが言う。
「俺は人づきあいが下手で、空気を読むことが苦手だ。(略)だから間違いたくないときは、マニュアルに従って会話をすることがある。でも人間相手だし、そこからはみ出るイレギュラーな会話は必ずある。ただ、セラの言うようにマニュアルという軸があるからこそ、それがイレギュラーだとわかるんだ。マニュアルがなければ、俺にはそれがイレギュラーかどうかの判断がつかない。だから型っていうのは基本軸であり、検知器みたいなものだと理解した。(略)検知器は、善悪の判断をしない」
これ、めっちゃわかるんよ。 子どもの頃の私が切実に望んでいたことは、「世界のマニュアル」を手に入れること。 たくさん本を読んで、まわりを観察して、今ではだいぶたくさんのマニュアルを手にしたけど、圧倒的な現実世界での経験不足により、日々苦労している。 細切れのペラペラの、パンフレットみたいなマニュアルがいっぱいあるねんな。 それを毎回、誰かと相対するときに自分のライブラリから「あれどこだっけ」と探して出してきて参照しながら喋ってるんですよ。 それをケース・バイ・ケースと呼ぶのだと信じて。 しかもそれ、IKEAの取説みたいなやつやから、「…っていう感じなのかな?」とテンプレート(図解の絵)を解釈しながらやってるんで。 疲れるんだよね、人と接すると。 相手の表情や反応で、「このマニュアルで良かったのか」「これで正解だったのか」を常に答え合わせしながら、「こう来たらこう返す」の次の一手を探しているから。 相手が返してきた言葉や、「?」という顔で、自分の言動がその状況での「間違い」だったことがわかるので、いい年して恥ずかしいし、処理落ちでどうしていいかわからなくなるし、「もういやだ」ってなる。 どれだけやっても、足りない。永遠に世界のマニュアルは手に入らない。 もうこんなことを続けるのは嫌だ。疲れたよパトラッシュ。 でもさ、善悪ではないんだよな。うん。
われら闇より天を見る [ クリス・ウィタカー ] 2023年「本屋大賞」の「翻訳小説部門」1位の作品。 ようやく読めました。 表紙から宗教的な内容を想像していたけど、違った。 母譲りのうつくしい容姿と歌声を持つ13歳の少女、ダッチェス。 彼女は精神的に弱い母・スターに代わり、5歳の弟ロビンの世話を一手に引き受けている。 すべての始まりは、30年前のケープ・ヘイヴン。 スターの妹であるシシーが、車に跳ねられ死んだ。 犯人は、スターのボーイフレンドだったヴィンセント・キング。 そしてスターの母は自殺し、スターは壊れてしまった。 15歳で刑務所に入ったヴィンセントが、出所してくる。 ヴィンセントとスターの幼馴染である警察署長のウォークは、彼を出迎えるがーー。 痛々しい。 世界と戦う少女の物語。 『赤の大地と失われた花』『自由研究には向かない殺人』を思い出した。 殺人事件が起こり、また過去の事件についても「誰が真犯人なのか?」を警察署長といっしょに追いかけていく。 アメリカを移動するロードムービーもあり、法廷ドラマの場面もあり、いろんな要素が入っていて重厚。ちなみに本編503頁。 途中ミスリーディングがあって、「え、信じていたのに、お前が犯人だったのか?」という場面もあり、最後にすべてが明かされて「えーっ!!」となる。 長いけど、続きが気になってぐいぐい引き込まれ、一気に読んでしまった。 帯に「長い戦いの果てのラストの一行の衝撃」とあったのだけど、最後に「ああ、最初のあの家系図の話はここにつながるのか」と分かった。 欠けている部分を探し、解けて絡まった糸を結び直す物語だったのだと。 読み終わったあとにまた最初から読み直したくなる。 冒頭に戻ると「ああ、だからこの人は、こういう行動をしていたのか」がわかってまた面白いです。
家族全員自分で動く チーム家事 [ 三木智有 ] 「チーム」(子どももいちおう入っているけど、ほとんどは夫婦)でいかにして日々を乗り切るか、というマインドセットの本。 解決すべきはワーキングマザーではなく「ワンオペ状態」である、という著者の言葉に納得。 制度、サービス、それが問題か?と思っていた。 だれか1人がそれをやらなくちゃいけないことが問題なんだよね。 我が家は今、夫が時短勤務(退勤前30分)を取得し、学童のお迎えに行っている。 夫は通勤時間が私(1時間)の半分だから、なのだけど、はじめ「男が時短勤務なんて取れるわけない」と言っていたのに! で、何が一番「私」ひとりの問題から「ふたり」の問題になったか(いかにして当事者意識が芽生えたか)というと、私が昇進して係長になり、物理的時間的に「無理」になったから。 私が「やらなく」「やれなく」なった。 そうするとどうしても夫は「やらざるを得ない」状況になった。 今や私より当事者(担当)意識があり、相対的に私の意識が薄れて怒られるという始末。 家計も家事も、我が家は担当制。 夫は子どものお迎え、私は買い物をして料理を作る。 夫は洗濯物を干し、私は皿洗い。 夫は子どもの宿題チェック、私は寝かしつけ。 というように、「自分が得意なこと(私はチェックなどが苦手)」を受け持つようにしています。 そのほうがストレスないからね〜。 子育てをしている間は、「時間が夫婦の共有財産になる」というのは、言葉にされるとハッとした。 だから片方が垂れ流しに使っているとムカつくんよな。 1人24時間じゃなくて、「2人で48時間」という認識。 昔は自分が家事をしているときにスマホしている夫に苛ついてたけど、はじめ「〇〇しなきゃ〜」と口に出して夫に「やろうか?」と言わせようとしていたけど、いまや勝手にやってくれるようになりましたよ。すげえ。 スイミングの帽子に昇級バッジ縫い付けなくちゃ〜と思っていたら夫がチクチクし始めたときとか、顎外れそうになったわ。 大事なことは、「自分が全部を背負わない」ことだと思う。ほんま。 相手も大人やで。できへんことなんか絶対ないからな。 むしろ自分より得意なこともいっぱいあるから。 この本で紹介されていた、LINEの「リマインくん」。 友だち登録して、「これこれをいついつにリマインドして」と送ると、その日のその時間にLINEでメッセージ送ってくれるんですよ! 私すぐに忘れちゃうから、これを未読のまま置いておけばTODO代わりになる。 さっそく友達登録しました。 あと、問題解決のための議論のスタンスとして、「妻VS夫」ではなく、「妻・夫VS問題」と考えること、というのは気をつけたい。 ついつい「どっちに理があるか」勝負になっちゃうもんね。
書店員は見た! 本屋さんで起こる小さなドラマ [ 森田 めぐみ ] 転勤族の夫にともない、各地で書店員として働く著者の「本屋あるある」。 もとは雑誌「サンキュ!」に掲載されていたエッセイ。どうりでやたら「サンキュ!」が出てくると思ったぜ。 この方、コミュ力の塊で、アパレル店員のようにお客さんに本をすすめまくる。 それだけすすめられる幅広い読書ジャンルと、読書量もすごい。 読んでみたくなるもんね。 私の「死ぬまでにしたいこと」リストには、「本屋で働く」もある(「図書館で働く」もある)。 やろうと思えばすぐ出来るっちゃできる(今の仕事辞めたらね)んだけど、いつかやるのかな。 先日、年輩の方に好きなことはあくまで趣味としてやって、仕事はお金を稼ぐ手段と割り切るほうがよいと言われたけど、どうしても「それを仕事として体験してみたい」。 自分で言ってて思ったけどリアルキッザニアやん…。 楽しくないなら、「楽しくない」を経験したいんですよ。 わからないまま終わる、そんなのは嫌だ。 うちのコは、保育園で「食事(おやつ)のあとは読書」という習慣を身に着けたので、「ごはんのあと」は必ず本を読んでいます。 でもね、学習まんがとかコミックしか読んでない。笑 それでも本というものを手に取らないよりマシか、と浴びるように漫画読ませてるんですが。 小3の娘は先日「約束のネバーランド」を読み終わりました。 鬼が人を食べる世界で、食用児として生まれた子どもたちが、「鬼に食べられない世界」を目指す物語。 私はこういうクローズドな空間(塀などで囲われている世界)から抜け出して、世界の秘密を解き明かす物語(「進撃の巨人」「No.6」「新世界より」)が好きなんですよね。 「約束のネバーランド」は、憎悪の連鎖をいかに断ち切るかということを「むずかしいな」と娘は感じたそう。 結局、たくさんの考え方とか感じ方に触れてほしいわけで、それが小説じゃなく漫画でもいいか、と思ってます。